弦楽合奏曲解説(第8回定期演奏会)
マーラー アダージェット (交響曲第5番より)
G. マーラー (1860-1911)
マーラーはボヘミアで生まれ、活動の本拠をウィーンにおいた指揮者・作曲家です。作品は歌曲と交響曲で代表されます。完成された9曲の交響曲も声楽を伴うものが多く、また歌謡風の旋律が重要な役割をになっています。それら作品の広大な感情表現によってマーラーはロマン主義の時代を頂点へもたらし、後期ロマン派から現代にいたる過渡期の作曲家としてショスタコーヴィチなどに影響を及ぼしています。
「アダージェット」は交響曲第5番(1902年)の第4楽章です。楽章の冒頭に速度指示として「非常にゆっくり」と記されていますので、アダージェットというのは通常多く用いられる意味での速度表記ではなく短いアダージョという意味ととるべきです。実際この楽章は短く、次の楽章に切れ目なく流れこみ、その序曲といった性格をもっています。編成は弦楽とハープのみです。駆り立てられた激しい感情と抑制された感情の交代する印象深い抒情的な楽章であるとともに、その底には常に、深く穏やかな美しさが流れています。
1971年ヴィスコンティがトーマス・マンの「ベニスに死す」を映画化し、この曲をそのテーマ音楽に用いて以来知名度が高まり、この楽章単独でもしばしば演奏されています。
グリーグ 組曲 「ホルベアの時代から」 Op.40
E.H. グリーグ (1843-1907)
グリーグはノルウェーのベルゲンに生まれました。当時ノルウェーはスウェーデン領です。10代にライプツィヒで学びドイツ・ロマン主義の影響を受けますが、高まりつつあった祖国の民族主義運動の中、ノルウェーの国民主義音楽を代表する作曲家となります。それはノルウェー人の北欧的感性をロマン主義の抒情性と融和させたものといえます。
組曲「ホルベアの時代から」は1884年ピアノ曲として作られ、翌年弦楽合奏用に編曲されました。ホルベアはノルウェー文学の父ともいわれる詩人・劇作家です。曲はホルベアが生きた17-18世紀の音楽様式つまりバロックの組曲様式に従ったものです。各パートがさらに分けられたり、ソロがあったりと豊かな構成になっています。5部から成り、第1曲「プレリュード」はリズミカルでしかも優雅なテンポの速い音楽です。第2曲は「サラバンド」で、バロックに倣って厳かであるとともに明るく抒情的な舞曲です。チェロの荘重なメロディーが印象的です。第3曲はとりわけ民族的色彩の濃い「ガヴォット」と軽快な「ミュゼット」を組み合わせた舞曲です。第4曲「アリア」はグリーグのロマンティズムがよく表現された美しい歌謡です。第5曲「リゴードン」はヴァイオリンとヴィオラの独奏と他の奏者のピチカートとの絡みも楽しい終曲です。
メンデルソゾーン 弦楽のための交響曲 第10番 ロ短調
F. メンデルスゾーン(1809-1847)
少・青年期をベルリンで過ごしたメンデルスゾーンはごく若くして当時の古典的人文主義的素養を身につけ、12歳の時にはゲーテの知遇も得ています。そうしたことは彼の音楽活動にも大きく影響を与えたと思われます。初期ロマン派に属し叙情性の発露に満ちた音楽家でありながら、バッハやモーツァルトといった古典派や前古典派への傾倒には非常に強いものがあり、彼らからの影響が際立っています。バッハ没後初めて「マタイ受難曲」の演奏会を開きバッハ復活に先鞭をつけたのもメンデルスゾーンでした。
12歳から14歳の間にメンデルスゾーンは12曲の交響曲を書きましたが、それらは8番のフルオーケストラ版を除いてすべて管楽器なしの弦楽合奏のためのものです。ロ短調の第10番は序奏部をもつ1楽章のみの曲です。序奏部はゆったりした穏やかなアダージョで、冒頭のテーマは主部アレグロのテーマと対照的でありながら調和しています。主部ではふたつのテーマが、これも際立って対照的でありながら、心地よく明るい流れを作り上げ、激しく緊張度の高いピュウ・プレストの終結部にいたります。
モーツァルト ピアノ協奏曲第23番 イ長調 K.488
W.A. モーツァルト(1756-1791)
1781年、25歳のモーツァルトはザルツブルクでの宮廷音楽家の職を辞し、自由を求めてウィーンに住まいを定めます。やがて作曲活動の頂点を迎え、オペラを始めさまざまな領域で大作を次々に発表します。室内楽の分野では1785年、のちに「ハイドン四重奏曲」と呼ばれるようになる6曲の弦楽四重奏曲がハイドンへの丁重な献呈の辞をつけて出版されたことは興味深いことです。古典派様式の確立という偉大な仕事によってハイドンは当時すでに「弦楽四重奏曲の父」、また「交響曲の父」と呼ばれていました。モーツァルトはハイドンに敬愛の念を持ち続け、このハイドンの築いたスタンダードの上でこのうえなく美しい旋律と響きを作り上げたのです。
23番のイ長調ピアノ協奏曲は1786年作曲・初演されたものですが、構成のわかり易さや親しみ易い主題のためモーツァルトのピアノ協奏曲のなかでも最も愛好されているもののひとつです。アレグロの第1楽章は形式の美しさを感じさせ、ふたつの主題ともに優雅な明るさをたたえています。嬰ヘ短調アダージョの第2楽章はこれこそモーツァルトの深い哀感と何ものかへの憧憬の念が最も情熱的に表現された楽章といえます。第3楽章はうって変わって生気に満ちた明るいロンド形式のフィナーレです。